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眠ってしまった zzz [通信制大学での日々]
いや~ 難儀した [通信制大学での日々]
あまり、ほめられたことではありませんが。
5月2日まで仕事でした。
17時30分、仕事終了。
その後、前泊のため職場から仙台の宿まで直行しました。
そのとき、千葉県には大雨・洪水警報が出ていました。
利根川を渡る頃には大雨。明日は増水しているだろうなぁ、と思っていました。
(利根川は、関東平野に入ると緩やかな流れになるので、日本特有の急な河川の例にならわず、降雨から増水まで時間がかかるのです。それに、ダムもありますから。)
あまりほめられたことではありませんが、仙台まで車で来ました。
通勤で車を使っていますから。
大学の規則では、「許可なく大学まで乗用車で通学してはいけない」となっています。
しかし、「仙台までは乗用車で来てはいけない」と書かれていません。
ですから、宿の駐車場に車を駐め、仙台駅前からバスで大学に行くことにしました。
昨日、仙台は大雨だったので、駅まで行く気力が失せたのです。
(駅から大学までは歩きますが、バスですと運賃が高いのと市内の交通状況で時間がかかりますが、正門前がバス停になっているので、さほど濡れずに済みます)
ただ、仙台駅前のバス停は、たくさん乗り場がありますから、迷わないように、仙台市交通局のホームページなどで確認しておく必要がおります。(ちなみに25番のりば、899系統か999系統のバスに乗りましょう)
講義中はずーっと大雨でした。
ノートをずっと取っていたのですが、ともかくつかれました。
帰りは電車で帰ろうと思い、駅まで歩いて行くのですが
なんと、大雨で終日運転停止というではありませんか!
仕方なく、バスで帰ってきました。
夕食食べようと仙台駅の駅ビル回りましたが、どこも混んでいるのです。
疲れて、仕方なく吉野家で済ませました。
疲れていて、ノートを整理するのを明日にしようと考え、そのまま眠ってしまいました。
午前3時50分に起床、2時間かけてノート整理しました。
これがその写真。
で、現在があるわけです。
本日は、「本論」なので、先生のピッチが上がると思われます。
なので、集中して講義に臨むつもりです。
現在午前6時20分、仙山線は止まっています。
前途は多難です。
5月2日まで仕事でした。
17時30分、仕事終了。
その後、前泊のため職場から仙台の宿まで直行しました。
そのとき、千葉県には大雨・洪水警報が出ていました。
利根川を渡る頃には大雨。明日は増水しているだろうなぁ、と思っていました。
(利根川は、関東平野に入ると緩やかな流れになるので、日本特有の急な河川の例にならわず、降雨から増水まで時間がかかるのです。それに、ダムもありますから。)
あまりほめられたことではありませんが、仙台まで車で来ました。
通勤で車を使っていますから。
大学の規則では、「許可なく大学まで乗用車で通学してはいけない」となっています。
しかし、「仙台までは乗用車で来てはいけない」と書かれていません。
ですから、宿の駐車場に車を駐め、仙台駅前からバスで大学に行くことにしました。
昨日、仙台は大雨だったので、駅まで行く気力が失せたのです。(駅から大学までは歩きますが、バスですと運賃が高いのと市内の交通状況で時間がかかりますが、正門前がバス停になっているので、さほど濡れずに済みます)
ただ、仙台駅前のバス停は、たくさん乗り場がありますから、迷わないように、仙台市交通局のホームページなどで確認しておく必要がおります。(ちなみに25番のりば、899系統か999系統のバスに乗りましょう)
講義中はずーっと大雨でした。
ノートをずっと取っていたのですが、ともかくつかれました。
帰りは電車で帰ろうと思い、駅まで歩いて行くのですが
なんと、大雨で終日運転停止というではありませんか!
仕方なく、バスで帰ってきました。
夕食食べようと仙台駅の駅ビル回りましたが、どこも混んでいるのです。
疲れて、仕方なく吉野家で済ませました。
疲れていて、ノートを整理するのを明日にしようと考え、そのまま眠ってしまいました。午前3時50分に起床、2時間かけてノート整理しました。
これがその写真。
で、現在があるわけです。
本日は、「本論」なので、先生のピッチが上がると思われます。
なので、集中して講義に臨むつもりです。
現在午前6時20分、仙山線は止まっています。
前途は多難です。
春のスクーリング(4月編) [通信制大学での日々]
ゴールデンウイークが始まりました。
お出かけしようという方、仕事だよ、という方もいらっしゃると思います。
4月に営業所に転勤になりまして…。
(スクで)仙台に行くので、休みもらいたいんですがー、と所長に言ったら、「いいよ」とのこと。
でも、女性の副所長は渋い顔。
一昨日の夕方、休暇のその前に、副所長が一言。
「来年からはGWは休み認めないからね!!」
ちなみに、所長は「釣りバカ」なので、4月27日~5月2日まで渓流釣りに出かけています。
なるほど、それで「オッケー」だったのか…、と今更ながら思います。
さて、仙台の本校までやってきました。
関東では桜は散ってしまいましたが、まだこちらでは咲いています。
そしてこのスクーリングは3月上旬まで出願した新入生が最初に受けるスクーリングでもあります。
最初の出席確認後の事務局の係長さんの説明が非常に丁寧。
ただ、内容はむずかしい。
最初にこの科目のスク取った人は、大変かな、と思います。
もう一つのN先生の方が入門編かなー、と思います。
そんなこんなで今日試験。どうしよう…。
お出かけしようという方、仕事だよ、という方もいらっしゃると思います。
4月に営業所に転勤になりまして…。
(スクで)仙台に行くので、休みもらいたいんですがー、と所長に言ったら、「いいよ」とのこと。
でも、女性の副所長は渋い顔。
一昨日の夕方、休暇のその前に、副所長が一言。
「来年からはGWは休み認めないからね!!」
ちなみに、所長は「釣りバカ」なので、4月27日~5月2日まで渓流釣りに出かけています。
なるほど、それで「オッケー」だったのか…、と今更ながら思います。
さて、仙台の本校までやってきました。関東では桜は散ってしまいましたが、まだこちらでは咲いています。
そしてこのスクーリングは3月上旬まで出願した新入生が最初に受けるスクーリングでもあります。
最初の出席確認後の事務局の係長さんの説明が非常に丁寧。
ただ、内容はむずかしい。
最初にこの科目のスク取った人は、大変かな、と思います。
もう一つのN先生の方が入門編かなー、と思います。
そんなこんなで今日試験。どうしよう…。
元気なお年寄りが社会を変えていく [社会福祉について]
この記事が300本目の記事になるとのことです。
ちょっと福祉の視点から書いてみたいと思います。
ちょうど今日の午後10時から、7chのテレビ東京の「カンブリア宮殿」という番組を見ていました。
放送されていたのは、東京都千代田区外神田にある「(株)高齢社」と御年74歳になる「上田研二」会長の話でした。この会社は、60歳以上専門の人材派遣会社で、業績が伸びている会社とのことです。
インタビューを受けている「上田」会長の動きがなぜかぎこちない。
実は、会長はパーキンソン病を患っていとのこと。しかし、表情は明るい。ダジャレ連発である。
そして、「仕事が生き甲斐」と言い切っているのです。
会長が当初ガス会社に勤めていたことから、仕事の大半をガス会社への人材派遣が占めているようです。
しかしながら、500人の登録派遣社員の派遣先を開拓するために会長が直接「営業」に回ることもあります。
その際、には高齢者の「即戦力」を「売り」にしていることもあり、他業種からも引き合いが増え、現在は100社以上と取引があるとのことです。
登録している高齢者の中には、さまざまな国家資格を持っている人もおります。
若い人材を1から育てるのと比較して、研修も最低限で済ませることができます。
これは、若者のキャリア形成の観点から見ると問題があると思いますが、それは別の機会に論じたいと思います。
政府は、年金支給年齢が65歳に引き揚げることに伴って、65歳定年制を実施しようと考えているようです。
確かに60歳で定年になり、国家資格を持っていても、特殊な技能を持っていても「おつかれさま」と言って、自動的に「解雇」される日本の雇用体系は若干異常なように思えます。
むしろ、そうした人が、給料が減ったとしても働くことができて、納税などで社会に貢献できる。
その方が健康的であると思うのですがいかがでしょうか。
「高齢者福祉論」で、お年寄りの理想の生き方はPPKと言っていました。
ぴんぴん働いて、呼ばれたら苦しまずに「コロリ」と行く。
逆に働くのは損である、という人もいます。
せっかく年金を掛けたのだから、と言うのです。
勤労収入があれば、年金が減ってしまう、と。
でも、年金は、加齢や障害で働けなくなった場合に最低限の所得を補償する「社会保険」ですから、働ける人は働ける社会になればいいと思うのです。
この問題、後日もう少し掘り下げたいと思います。
ちょっと福祉の視点から書いてみたいと思います。
ちょうど今日の午後10時から、7chのテレビ東京の「カンブリア宮殿」という番組を見ていました。
放送されていたのは、東京都千代田区外神田にある「(株)高齢社」と御年74歳になる「上田研二」会長の話でした。この会社は、60歳以上専門の人材派遣会社で、業績が伸びている会社とのことです。
インタビューを受けている「上田」会長の動きがなぜかぎこちない。
実は、会長はパーキンソン病を患っていとのこと。しかし、表情は明るい。ダジャレ連発である。
そして、「仕事が生き甲斐」と言い切っているのです。
会長が当初ガス会社に勤めていたことから、仕事の大半をガス会社への人材派遣が占めているようです。
しかしながら、500人の登録派遣社員の派遣先を開拓するために会長が直接「営業」に回ることもあります。
その際、には高齢者の「即戦力」を「売り」にしていることもあり、他業種からも引き合いが増え、現在は100社以上と取引があるとのことです。
登録している高齢者の中には、さまざまな国家資格を持っている人もおります。
若い人材を1から育てるのと比較して、研修も最低限で済ませることができます。
これは、若者のキャリア形成の観点から見ると問題があると思いますが、それは別の機会に論じたいと思います。
政府は、年金支給年齢が65歳に引き揚げることに伴って、65歳定年制を実施しようと考えているようです。
確かに60歳で定年になり、国家資格を持っていても、特殊な技能を持っていても「おつかれさま」と言って、自動的に「解雇」される日本の雇用体系は若干異常なように思えます。
むしろ、そうした人が、給料が減ったとしても働くことができて、納税などで社会に貢献できる。
その方が健康的であると思うのですがいかがでしょうか。
「高齢者福祉論」で、お年寄りの理想の生き方はPPKと言っていました。
ぴんぴん働いて、呼ばれたら苦しまずに「コロリ」と行く。
逆に働くのは損である、という人もいます。
せっかく年金を掛けたのだから、と言うのです。
勤労収入があれば、年金が減ってしまう、と。
でも、年金は、加齢や障害で働けなくなった場合に最低限の所得を補償する「社会保険」ですから、働ける人は働ける社会になればいいと思うのです。
この問題、後日もう少し掘り下げたいと思います。
やっとこさの休み [窓猫の日常]
やっと休みになりました。ふぅ。
休みといっても、少々の朝寝坊ができるだけで、やらなければならないこともあります。
今日は病院ですので、これから出かけなければなりません。
バスに乗って駅まで行き、そこから電車に乗って、病院の最寄り駅まで。そこからまたバスです。
ふぅ。がんばります。
休みといっても、少々の朝寝坊ができるだけで、やらなければならないこともあります。
今日は病院ですので、これから出かけなければなりません。
バスに乗って駅まで行き、そこから電車に乗って、病院の最寄り駅まで。そこからまたバスです。
ふぅ。がんばります。
あまりにも気持ち良さそうだったので [窓猫の日常]
最近、詰まり気味ですから、すこし砕けてみたいと思います。
でも、本当に辛かったんですから。
さて、4週8休のシフト勤務に入りました窓です。
結構、仕事覚えるまで大変です。
やっと、明日、休みです。
また、その後仕事です。
ともかく、この写真のとおりうたた寝したい、という気持ちでいっぱいです。
窓母の「チー」と、嫁に出た妹が飼っていた犬(14歳)のうたた寝の写真です。
おととしでまだ地震の前の時です。
あまりにも幸せそうでしたので、カメラに収めてみました。
この犬も、3.11の後に老衰で天国に召され、
窓母「チー」は健康食品にはまっています。
(テレビを付けると、3chのチバテレと9chのMXテレビ、7chのテレビ東京は通販番組が多いのです)
最近のお気に入りは、コラーゲンです。
近くに桜の木があり、あともうちょっとで満開というところまできました。
明日、ディーラーへ出向き点検の後はうたたねする予定です。
慣れない仕事でつかれました。
でも、本当に辛かったんですから。
さて、4週8休のシフト勤務に入りました窓です。結構、仕事覚えるまで大変です。
やっと、明日、休みです。
また、その後仕事です。
ともかく、この写真のとおりうたた寝したい、という気持ちでいっぱいです。
窓母の「チー」と、嫁に出た妹が飼っていた犬(14歳)のうたた寝の写真です。
おととしでまだ地震の前の時です。
あまりにも幸せそうでしたので、カメラに収めてみました。
この犬も、3.11の後に老衰で天国に召され、
窓母「チー」は健康食品にはまっています。
(テレビを付けると、3chのチバテレと9chのMXテレビ、7chのテレビ東京は通販番組が多いのです)
最近のお気に入りは、コラーゲンです。
近くに桜の木があり、あともうちょっとで満開というところまできました。
明日、ディーラーへ出向き点検の後はうたたねする予定です。
慣れない仕事でつかれました。
パワーハラスメント論 [社会政策・労働政策・労働問題]
お久しぶりです。
本当に転勤になりまして、職場が違う。
…営業所ってこんな感じなのね…。
営業所勤務は初めてです(前は子会社へ出向)から、戸惑うことが多いです。
あと、シフト制(4週8休制)なので、土日がありません。
まぁ、全然そういうのは苦ではありません。
▼
さて、今日は自分も体験したお話です。
実は2012年1月30日に厚生労働省の有識者会議が、ある提言をしています。
今回は「パワーハラスメント」についてのお話です。
厚生労働省は、下記のように定義しています。
そして、類型として、代表的な6類型を示しています。
(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)
(2)精神的な攻撃(脅迫・暴言等)
(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
(5)過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
セクシャルハラスメントは、異性間というわかりやすい構図のため、さまざまな事件例が多く、もちろん私もそうした研修を受けていますから、表立ったトラブルは少なくなりました。
ただパワーハラスメントの方は、被害者側の「波風を立てるコトへの周囲の抵抗」を感じ取るのか、あるいは、加害者側の「指導の範囲内」という「免罪符」があるため、問題になることが少ないようです。
ただ、厚生労働省がこうした問題を取り上げてきているということは、かなり深刻な状況になってきていることの現れでもあります。
◆パワハラの影響(1) 「生産性の低下」
企業の人間関係が、人間関係の政治モデルになると、そちらの方へ注意が向きますから、労働生産性への注視度がおろそかになり、それに比例して労働生産性が落ちます。
ただでさえ、官庁も民間も日本の労働生産性は高いとは言えない状況になっています。これは、グローバル経済(TPPなど)へ船出しようとしている日本経済への大きな足かせになります。
◆パワハラの影響(2)「企業イメージの低下」
最近「ブラック企業」という言葉がよく聞かれるようになりました。小説にもなったくらいです。
世間の風潮として、より強いコンプライアンス(法令遵守)を求められる時代になっています。
私が就職した頃には「圧迫面接」が流行していましたが、今、それをやったら大変なことになるでしょう。なぜならば、ネットワーク社会は「誰もが情報の受け手になり、誰もが情報の送り手になる社会」であるからです。ブラックな情報は、数時間も経過しないうちに某巨大掲示板に書かれることになるでしょう。
どんなに広告にお金をつぎ込んでも、一つのそうした「事件」があれば台無しになってしまう、それがネットワーク社会なのです。
◆パワハラの影響(3)「訴訟リスクの増大」
訴訟とは、実際に裁判所で争われることだけではありません。
一例として「前田道路事件」があります。自殺した遺族が会社を訴えた事件です。
1審の地方裁判所は遺族側勝訴、2審の高等裁判所は会社側勝訴、現在最高裁で争われている、と記憶しています。「記憶しています」と言うように、第1審は大々的に報道されますが、それ以降のフォローしていくという行為は日本のマスメディアに欠けているように思います。
そうなれば、第1審の悪いイメージのまま、就職活動している人、取引先に記憶されることになります。
多くの企業が競争している経済社会でその影響は甚大であると言えます。
また、訴訟に似たものとして「労働災害」の認定もあります。
自分近所の千葉市立山王中学校の教諭が校長の叱責に耐えかねて自殺したという事件がありました。
会社員に労働災害があるように、公務員にも「公務災害」があります。
この事件では遺族に公務災害が認められています。
ちなみに叱責した校長は、懲戒処分により一般教諭に格下げになりました。
つまり、退職金や年金の額が減額されたわけです。そういう不利益もありますよね。
最近では昨年12月に熊本市であった「おごり事件」。上司2人は6ヶ月間の停職処分になりました。
停職中は給料が支給されませんから、生活に困ることになります。
被害者は分限求職中であると聞いています。恐らく、1年経過して症状の改善が見られない場合は心身の故障による免職という結果になると思いますが、労働法では「労働災害中の解雇は禁止」(労働基準法第19条)という規定があります。地方公務員は労働基準法適用ですから、分限が勝つか労基法が勝つか、法律屋ではありませんからよく分かりませんが。
◆パワハラの影響(4)「社会保障費の増大」
実は、厚生労働省が専門家会議に諮っているのは、これが原因ではないかと思っています。
パワハラの結果、うつ病を患うひとが多いことは事実です。
うつ病については、後日お話することとして、通院すれば医療費がかかります。
国民健康保険では、保険料の増大を防ぐために国費が注入されています。
社会保険では、保険料(「標準報酬月額」というざっくり言うとお給料の平均に料率を掛け、労使折半で負担する)が上がり、社会保険から離脱しようとする事業主も増えるでしょう。
社会保険では、私傷病の場合は「傷病手当金」が1年6ヶ月支給されますが、その負担も大変です。
「傷病手当金」が切れれば、原則障害年金に移行されてきます。保険料は入らず、年金支給額も増えます。障害年金は課税面で有利になっています。
医療機関を受診しますよね。もし、精神保健福祉手帳を取得すれば、障害に関係ある医療費は1割の負担で医療機関を受診できます。(自立支援医療)
収入はなくなりますから、税金は入ってきません。
そして、もっと困窮するようになると、最後のセーフティネット、生活保護へ行き着くわけです。
日経新聞読んでいるおじさん達には分からないかもしれませんが、国はデフォルトを防ぐために支出をカットしようとしています。特に肥大化している福祉部門はカットされる、ギリシャやイタリアの例を見ても明らかです。
場合によっては、パワハラした人に優先的に賠償を義務づける法令が成立するかもしれません。なぜならば、被害者を救済しなければならないが、国の福祉施策には限界がある、そうなれば、加害者に負担させよう、というのが国の考えることでしょう。
生活保護法第63条には、本人の持つ資力と保護金品の調整規定があります。
生活保護を受給する条件に、パワハラした人にたいして損害賠償をすることを義務づけたとしたら。
破産する人も出てくるかもしれませんね。
国は法令を作り、これを守らせる強大な権力があります。
ある時は、銃剣を突きつけても、です。(実際に警察官や海上保安官、自衛官は武器を携行しています)
裁判所もパワハラには厳しい判決を出す傾向があると聞いています。
お互い、自分の行動、言動を見直した方がいい時代に入っているのかもしれません。
なお、自分のパワハラ体験談は後日、ということで。
本当に転勤になりまして、職場が違う。
…営業所ってこんな感じなのね…。
営業所勤務は初めてです(前は子会社へ出向)から、戸惑うことが多いです。
あと、シフト制(4週8休制)なので、土日がありません。
まぁ、全然そういうのは苦ではありません。
▼
さて、今日は自分も体験したお話です。
実は2012年1月30日に厚生労働省の有識者会議が、ある提言をしています。
厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」(主査:佐藤博樹東京大学大学院情報学環教授)では、職場の「いじめ・嫌がらせ」、「パワーハラスメント」が、近年、社会問題として顕在化してきていることを踏まえ、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」(座長:堀田力さわやか福祉財団理事長)からの付託を受けて、昨年7月から、
(1)この問題の現状と取組の必要性、
(2)どのような行為を予防・解決すべきか、
(3)この問題への取組の在り方
等について議論を重ねてきました。
今回は「パワーハラスメント」についてのお話です。
厚生労働省は、下記のように定義しています。
職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(※)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
※ 上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。
そして、類型として、代表的な6類型を示しています。
(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)
(2)精神的な攻撃(脅迫・暴言等)
(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
(5)過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
セクシャルハラスメントは、異性間というわかりやすい構図のため、さまざまな事件例が多く、もちろん私もそうした研修を受けていますから、表立ったトラブルは少なくなりました。
ただパワーハラスメントの方は、被害者側の「波風を立てるコトへの周囲の抵抗」を感じ取るのか、あるいは、加害者側の「指導の範囲内」という「免罪符」があるため、問題になることが少ないようです。
ただ、厚生労働省がこうした問題を取り上げてきているということは、かなり深刻な状況になってきていることの現れでもあります。
◆パワハラの影響(1) 「生産性の低下」
企業の人間関係が、人間関係の政治モデルになると、そちらの方へ注意が向きますから、労働生産性への注視度がおろそかになり、それに比例して労働生産性が落ちます。
ただでさえ、官庁も民間も日本の労働生産性は高いとは言えない状況になっています。これは、グローバル経済(TPPなど)へ船出しようとしている日本経済への大きな足かせになります。
◆パワハラの影響(2)「企業イメージの低下」
最近「ブラック企業」という言葉がよく聞かれるようになりました。小説にもなったくらいです。
世間の風潮として、より強いコンプライアンス(法令遵守)を求められる時代になっています。
私が就職した頃には「圧迫面接」が流行していましたが、今、それをやったら大変なことになるでしょう。なぜならば、ネットワーク社会は「誰もが情報の受け手になり、誰もが情報の送り手になる社会」であるからです。ブラックな情報は、数時間も経過しないうちに某巨大掲示板に書かれることになるでしょう。
どんなに広告にお金をつぎ込んでも、一つのそうした「事件」があれば台無しになってしまう、それがネットワーク社会なのです。
◆パワハラの影響(3)「訴訟リスクの増大」
訴訟とは、実際に裁判所で争われることだけではありません。
一例として「前田道路事件」があります。自殺した遺族が会社を訴えた事件です。
1審の地方裁判所は遺族側勝訴、2審の高等裁判所は会社側勝訴、現在最高裁で争われている、と記憶しています。「記憶しています」と言うように、第1審は大々的に報道されますが、それ以降のフォローしていくという行為は日本のマスメディアに欠けているように思います。
そうなれば、第1審の悪いイメージのまま、就職活動している人、取引先に記憶されることになります。
多くの企業が競争している経済社会でその影響は甚大であると言えます。
また、訴訟に似たものとして「労働災害」の認定もあります。
自分近所の千葉市立山王中学校の教諭が校長の叱責に耐えかねて自殺したという事件がありました。
会社員に労働災害があるように、公務員にも「公務災害」があります。
この事件では遺族に公務災害が認められています。
ちなみに叱責した校長は、懲戒処分により一般教諭に格下げになりました。
つまり、退職金や年金の額が減額されたわけです。そういう不利益もありますよね。
最近では昨年12月に熊本市であった「おごり事件」。上司2人は6ヶ月間の停職処分になりました。
停職中は給料が支給されませんから、生活に困ることになります。
被害者は分限求職中であると聞いています。恐らく、1年経過して症状の改善が見られない場合は心身の故障による免職という結果になると思いますが、労働法では「労働災害中の解雇は禁止」(労働基準法第19条)という規定があります。地方公務員は労働基準法適用ですから、分限が勝つか労基法が勝つか、法律屋ではありませんからよく分かりませんが。
◆パワハラの影響(4)「社会保障費の増大」
実は、厚生労働省が専門家会議に諮っているのは、これが原因ではないかと思っています。
パワハラの結果、うつ病を患うひとが多いことは事実です。
うつ病については、後日お話することとして、通院すれば医療費がかかります。
国民健康保険では、保険料の増大を防ぐために国費が注入されています。
社会保険では、保険料(「標準報酬月額」というざっくり言うとお給料の平均に料率を掛け、労使折半で負担する)が上がり、社会保険から離脱しようとする事業主も増えるでしょう。
社会保険では、私傷病の場合は「傷病手当金」が1年6ヶ月支給されますが、その負担も大変です。
「傷病手当金」が切れれば、原則障害年金に移行されてきます。保険料は入らず、年金支給額も増えます。障害年金は課税面で有利になっています。
医療機関を受診しますよね。もし、精神保健福祉手帳を取得すれば、障害に関係ある医療費は1割の負担で医療機関を受診できます。(自立支援医療)
収入はなくなりますから、税金は入ってきません。
そして、もっと困窮するようになると、最後のセーフティネット、生活保護へ行き着くわけです。
日経新聞読んでいるおじさん達には分からないかもしれませんが、国はデフォルトを防ぐために支出をカットしようとしています。特に肥大化している福祉部門はカットされる、ギリシャやイタリアの例を見ても明らかです。
場合によっては、パワハラした人に優先的に賠償を義務づける法令が成立するかもしれません。なぜならば、被害者を救済しなければならないが、国の福祉施策には限界がある、そうなれば、加害者に負担させよう、というのが国の考えることでしょう。
生活保護法第63条には、本人の持つ資力と保護金品の調整規定があります。
生活保護を受給する条件に、パワハラした人にたいして損害賠償をすることを義務づけたとしたら。
破産する人も出てくるかもしれませんね。
国は法令を作り、これを守らせる強大な権力があります。
ある時は、銃剣を突きつけても、です。(実際に警察官や海上保安官、自衛官は武器を携行しています)
裁判所もパワハラには厳しい判決を出す傾向があると聞いています。
お互い、自分の行動、言動を見直した方がいい時代に入っているのかもしれません。
なお、自分のパワハラ体験談は後日、ということで。
哲学に対する挑戦 [窓猫の日常]
「自殺」という言葉で、最大手の検索サイト「google」で引っ張ってみました。
一番最初はwikipedhia。総論・解説的なことです。
あとは「All About」の記事。こちらは「実務的」になります。
あとは、怪しい宗教団体だの「霊視」だの、そういったたぐいの説明になります。
海外の高等学校や大学では「リベラルアーツ」の教育がなされます。
・宗教学(欧米ではキリスト教的価値観)という基礎に対して、
・哲学、文法、修辞学(弁論法)、論理学(論述法)、算術、幾何学、天文学、音楽といった、「実学」の基礎になる学問を学ぶことになります。
つまり、宗教学と対立する学問体系として哲学やら算術やらがあることになる(と私は考えています。)
これを日本に当てはめてみると、
・仏教的価値観・神道的価値観 という精神的基礎に対して、
・倫理や哲学、算術などの実学が対立する、という形になるのでしょうか。
日本の教育は、政治教育や宗教教育に非常に臆病であるので、実は成人してしまった後に、世間で言われているような「カルト」的団体に引っかかったり、霊など「障り」がある、とか言ってお金を巻き上げられたり、あげくの果てには「宗教はアヘンである」と言ったマルクスに引っかかってゲバ棒持ってケンカするようなるわけです。
誤解のないようにお伝えしておきますが、特定の宗教や、政党を誹謗中傷することではありません。
自分も、仏教的価値観や神道的価値観を持ち合わせていますが、それを表に出すことはない訳で。
スピリチュアル・ブームがありましたけれども、結構、テレビやラジオに出ている人で「俗物!」と思う人は結構います。ファンが多い「E」さんも私は信じていません。
話を元に戻しまして。
仏教的価値観であれば、自殺は禁忌である、と考えられています。
なぜならば、仏教は「六道」を「輪廻転生」して「徳を積み」、仏の弟子となって「極楽へ行く」ことが目的な訳です。「六道」それぞれに課された課題を解決することが仏の命題であり、それを放棄する「自殺」は悪なわけです。
ただ、仏は体系化された教学体系を持ち合わせていないため、解釈により、「即身仏」つまり、自らの意思で飲食を経ち、祈り、餓死に至ることは仏の道である、と説いている教派もあります。
神道的価値観で言えば、自殺は??です。
神道の教学体系が整備されたのは明治期です。
それまでの神道的価値観を整理することから始まりました。
神道は「たたり」と「さわり」の文化です。つまり、日本列島に多くの人間が住み、自然の恵みを受けて生活してきた訳ですけれども、その中で個人と個人が対立する行為、それでの戦乱を防止しなければならなかった訳です。また、自然は恵みをもたらしますが、逆にひとびとの生命を脅かす存在であるわです。(たたりやさわりですね)。そこで死者や霊とどう対峙するか、自然や他者とどう調和していくか、ルールが作られるようになったわけです。
ところが、近代になると科学技術が発達していきます。
農業技術の向上がより多くの人口の涵養を可能にしていきます。
そうなってくると「人対自然」、「集団内の人間関係」といった観点が社会制度として合わなくなってきました。
そこで求められたのが、ギリシャ時代にさかのぼった哲学の技法です。
近代哲学では「個の独立」が指向されました。ニーチェなんかはその代表でしょうか。
日本では、仏教的価値観の「諸常無常」と神道的価値観の「自然を受け入れる」「神の思し召し」という感覚が一緒になって、戦陣訓のような「国民総自殺」、つまり「桜の花のようにぱっと散る」という価値観が、そんなコトをしない人たちによって考え出されて行った訳です。
「個」という細分化された人間が、従前のように社会に対峙していかなくてはならない。
これはすごいストレスであると思います。
よく「日本はなぁなぁ社会だ」と言われます。私が学部で学んでいた頃の「日本異質論」です。
ところが、自然環境厳しい中、社会システムが人間をくるんでいかないと、人間自体が生き残っていくことができない、そういう時代が1万年以上続いてきた結果であるわけです。
欧米のように、陸地で国境を接し、多くの民族が混交して生活していく中では、宗教的価値観の均質化と実学である法学や文法などを活用し、法令(ルール)を作っていかないとたちまち紛争(つまり殺し合い)になってしまう、という社会環境にあるわけです。
たとえば中東地域など見れば、キリスト教価値観の欧米は拒否されているのに対して、異質的価値観を持つ日本は受容される、ということが現実的に起きているようです。「諸常無常」を悪用しない限り、生きていくための技術が日本の宗教的価値観に備わっている証左であると、私は考えています。そこにシンパシーを感じるのでしょう。
「個」の独立は、「人身の自由」という概念を生みました。つまり「自分の精神や身体、他人に迷惑をかけなければどう使おうと自由じゃん」という考え方です。これであれば、売春行為もOKですし(ただ、斡旋人が上前はねたり、無理矢理性行為を行わせることはNG、また児童のように合理的判断の難しい人の売春行為もNG)、自殺もOKな訳です。殺人はだめですけれども。
ただ、これは「正しい」と言えますでしょうか。
彼が自死を選んだことで、こんなことを考えてしまいました。
宗教的価値観の自由も、内面の自由として保証されています。
宗教的価値観で自殺は禁止されている、と言えるのかもしれませんが、でも、隣の人は別の宗教的価値観を持ち合わせているかもしれません。それが自殺を容認していたらどうでしょう。
宗教的価値観を超えた世界に僕らは暮らしています。
その最低限のルールは、法学などで、その基盤は哲学に依存しています。
しかし、哲学は「個の解放」「個の自由」を目指してきました。
「個の自由」があれば、「個の生命の維持の自由」もあるはずです。
でも、自殺はいけないこと。
では、哲学はどう答えを導き出すのでしょうか。
一番最初はwikipedhia。総論・解説的なことです。
あとは「All About」の記事。こちらは「実務的」になります。
あとは、怪しい宗教団体だの「霊視」だの、そういったたぐいの説明になります。
海外の高等学校や大学では「リベラルアーツ」の教育がなされます。
・宗教学(欧米ではキリスト教的価値観)という基礎に対して、
・哲学、文法、修辞学(弁論法)、論理学(論述法)、算術、幾何学、天文学、音楽といった、「実学」の基礎になる学問を学ぶことになります。
つまり、宗教学と対立する学問体系として哲学やら算術やらがあることになる(と私は考えています。)
これを日本に当てはめてみると、
・仏教的価値観・神道的価値観 という精神的基礎に対して、
・倫理や哲学、算術などの実学が対立する、という形になるのでしょうか。
日本の教育は、政治教育や宗教教育に非常に臆病であるので、実は成人してしまった後に、世間で言われているような「カルト」的団体に引っかかったり、霊など「障り」がある、とか言ってお金を巻き上げられたり、あげくの果てには「宗教はアヘンである」と言ったマルクスに引っかかってゲバ棒持ってケンカするようなるわけです。
誤解のないようにお伝えしておきますが、特定の宗教や、政党を誹謗中傷することではありません。
自分も、仏教的価値観や神道的価値観を持ち合わせていますが、それを表に出すことはない訳で。
スピリチュアル・ブームがありましたけれども、結構、テレビやラジオに出ている人で「俗物!」と思う人は結構います。ファンが多い「E」さんも私は信じていません。
話を元に戻しまして。
仏教的価値観であれば、自殺は禁忌である、と考えられています。
なぜならば、仏教は「六道」を「輪廻転生」して「徳を積み」、仏の弟子となって「極楽へ行く」ことが目的な訳です。「六道」それぞれに課された課題を解決することが仏の命題であり、それを放棄する「自殺」は悪なわけです。
ただ、仏は体系化された教学体系を持ち合わせていないため、解釈により、「即身仏」つまり、自らの意思で飲食を経ち、祈り、餓死に至ることは仏の道である、と説いている教派もあります。
神道的価値観で言えば、自殺は??です。
神道の教学体系が整備されたのは明治期です。
それまでの神道的価値観を整理することから始まりました。
神道は「たたり」と「さわり」の文化です。つまり、日本列島に多くの人間が住み、自然の恵みを受けて生活してきた訳ですけれども、その中で個人と個人が対立する行為、それでの戦乱を防止しなければならなかった訳です。また、自然は恵みをもたらしますが、逆にひとびとの生命を脅かす存在であるわです。(たたりやさわりですね)。そこで死者や霊とどう対峙するか、自然や他者とどう調和していくか、ルールが作られるようになったわけです。
ところが、近代になると科学技術が発達していきます。
農業技術の向上がより多くの人口の涵養を可能にしていきます。
そうなってくると「人対自然」、「集団内の人間関係」といった観点が社会制度として合わなくなってきました。
そこで求められたのが、ギリシャ時代にさかのぼった哲学の技法です。
近代哲学では「個の独立」が指向されました。ニーチェなんかはその代表でしょうか。
日本では、仏教的価値観の「諸常無常」と神道的価値観の「自然を受け入れる」「神の思し召し」という感覚が一緒になって、戦陣訓のような「国民総自殺」、つまり「桜の花のようにぱっと散る」という価値観が、そんなコトをしない人たちによって考え出されて行った訳です。
「個」という細分化された人間が、従前のように社会に対峙していかなくてはならない。
これはすごいストレスであると思います。
よく「日本はなぁなぁ社会だ」と言われます。私が学部で学んでいた頃の「日本異質論」です。
ところが、自然環境厳しい中、社会システムが人間をくるんでいかないと、人間自体が生き残っていくことができない、そういう時代が1万年以上続いてきた結果であるわけです。
欧米のように、陸地で国境を接し、多くの民族が混交して生活していく中では、宗教的価値観の均質化と実学である法学や文法などを活用し、法令(ルール)を作っていかないとたちまち紛争(つまり殺し合い)になってしまう、という社会環境にあるわけです。
たとえば中東地域など見れば、キリスト教価値観の欧米は拒否されているのに対して、異質的価値観を持つ日本は受容される、ということが現実的に起きているようです。「諸常無常」を悪用しない限り、生きていくための技術が日本の宗教的価値観に備わっている証左であると、私は考えています。そこにシンパシーを感じるのでしょう。
「個」の独立は、「人身の自由」という概念を生みました。つまり「自分の精神や身体、他人に迷惑をかけなければどう使おうと自由じゃん」という考え方です。これであれば、売春行為もOKですし(ただ、斡旋人が上前はねたり、無理矢理性行為を行わせることはNG、また児童のように合理的判断の難しい人の売春行為もNG)、自殺もOKな訳です。殺人はだめですけれども。
ただ、これは「正しい」と言えますでしょうか。
彼が自死を選んだことで、こんなことを考えてしまいました。
宗教的価値観の自由も、内面の自由として保証されています。
宗教的価値観で自殺は禁止されている、と言えるのかもしれませんが、でも、隣の人は別の宗教的価値観を持ち合わせているかもしれません。それが自殺を容認していたらどうでしょう。
宗教的価値観を超えた世界に僕らは暮らしています。
その最低限のルールは、法学などで、その基盤は哲学に依存しています。
しかし、哲学は「個の解放」「個の自由」を目指してきました。
「個の自由」があれば、「個の生命の維持の自由」もあるはずです。
でも、自殺はいけないこと。
では、哲学はどう答えを導き出すのでしょうか。
なぜ…? [職業人としての窓猫]
普段、相談業務に就いているので、過日、自殺防止のNPOの方を招いての研修会があり、私も出席しました。
中心は、経済的な問題。実際、経済的な理由での自殺は第2位。(ちなみに第1位は「健康問題」とのこと)
平成9年に年間自殺者数は3万人を超えて、それからは3万人を下回っていないのですが、平成9年の自殺の理由で「経済問題」が急増したという傾向があるそうです。
「お父さん、眠れている?」
内閣府がPRしています。要は、「うつ病」の早期発見を、ということなのでしょう。
一説にはうつ病の1割の人が自殺・自殺未遂しているという統計もあるくらいですから、「うつ病」の早期発見に取り組む国の方針も理解しやすいかもしれません。
ただ、なぜ人は「抑うつ状態」「うつ病」になるのか。
そこに切り込んでいないから、十分な支援ができないでいるです。
医療保険から見捨てられているのかもしれない。
借入金過多のため、経済的に追い込まれているのかもしれない。
仕事でのトラブルがないのかどうか。
福祉の仕事していると、のめり込むあまり「バーンアウト」という現象がまま起こります。
自分もその経験者ですので、なんとなく分かります。
ただ、自分は援助の中で「これはまずい」と気がついたこと、周囲に指摘してくれた人がいたこと。
そこから治療が始まりました。
昨日、その福祉の先輩が自殺しました。
理由は分かりません。
精神障害も身体障害も知的障害も全部見てきた方です。
「バーンアウト」だったのか。分かりません。
ここ4~5年は仕事として交わることがありませんでしたから。
先週、疲れたと言って早退したそうです。
今週の月曜日、体調不良を理由に休暇を取ったそうです。
その深夜、彼は亡くなりました。
彼はSOSを出していたのです。
人間が、社会がSOSに気づけるかどうか。
これが重要であると考えています。
身近な人の死、それも自死ということが、これほどショックであること。
改めて経験しています。ただ、涙が出るだけです。
希死念慮に襲われている人、襲われたことがある人(私も経験があります。)
どうか逃げてください。
逃げることは決して悪いことばかりではありません。
最近、人間がどんどんとがっていくように感じます。
愛すべき柔肌を持つ人が生きて行きにくい社会になりつつあるのかもしれません。
中心は、経済的な問題。実際、経済的な理由での自殺は第2位。(ちなみに第1位は「健康問題」とのこと)
平成9年に年間自殺者数は3万人を超えて、それからは3万人を下回っていないのですが、平成9年の自殺の理由で「経済問題」が急増したという傾向があるそうです。
「お父さん、眠れている?」
内閣府がPRしています。要は、「うつ病」の早期発見を、ということなのでしょう。
一説にはうつ病の1割の人が自殺・自殺未遂しているという統計もあるくらいですから、「うつ病」の早期発見に取り組む国の方針も理解しやすいかもしれません。
ただ、なぜ人は「抑うつ状態」「うつ病」になるのか。
そこに切り込んでいないから、十分な支援ができないでいるです。
医療保険から見捨てられているのかもしれない。
借入金過多のため、経済的に追い込まれているのかもしれない。
仕事でのトラブルがないのかどうか。
福祉の仕事していると、のめり込むあまり「バーンアウト」という現象がまま起こります。
自分もその経験者ですので、なんとなく分かります。
ただ、自分は援助の中で「これはまずい」と気がついたこと、周囲に指摘してくれた人がいたこと。
そこから治療が始まりました。
昨日、その福祉の先輩が自殺しました。
理由は分かりません。
精神障害も身体障害も知的障害も全部見てきた方です。
「バーンアウト」だったのか。分かりません。
ここ4~5年は仕事として交わることがありませんでしたから。
先週、疲れたと言って早退したそうです。
今週の月曜日、体調不良を理由に休暇を取ったそうです。
その深夜、彼は亡くなりました。
彼はSOSを出していたのです。
人間が、社会がSOSに気づけるかどうか。
これが重要であると考えています。
身近な人の死、それも自死ということが、これほどショックであること。
改めて経験しています。ただ、涙が出るだけです。
希死念慮に襲われている人、襲われたことがある人(私も経験があります。)
どうか逃げてください。
逃げることは決して悪いことばかりではありません。
最近、人間がどんどんとがっていくように感じます。
愛すべき柔肌を持つ人が生きて行きにくい社会になりつつあるのかもしれません。
水のはなし [社会政策・労働政策・労働問題]
どうも、突然のぎっくり腰で苦しんでいる窓猫です。
通常、猫という種族は柔軟性があるものですが、最近は身体が硬くなってきたようです。
よく、福祉の担い手は「Social Worker」と呼ばれます。
戦前の人は、これを「社会事業」と訳しました。
戦後、当時の厚生省の肝いりで作られた「日本社会事業大学」の語源もここから来ています。
実は、物質的に見ますと、長い日本の歴史の中では、私たちは「最も豊か」な時代を生きていると言えるでしょう。
あえて誤解のないよう伝えますが、実際は「隠れた貧困」がはびこっていることは事実です。
しかし、公衆衛生の向上などで、生命を脅かされる機会は歴史上極めて低い状況にあることは確かなように思えるのです。
しかし、ほんの100年前まで。
日本でも地域によっては「清潔な水をどう手に入れるか」という課題に直面していたのです。
「清潔な水を手に入れることができない」とどうなるか。
衛生環境が劇的に悪化します。
そしてその被害者は、乳幼児、児童、高齢者などの「弱者」に集中するのです。
実際に江戸幕府が崩壊し、明治新政府が京都から東京に入ってきた時。
彼らには、まだ「公衆衛生」という考えがありませんでした。
ですから、江戸の水道は荒れ放題。諸々の伝染病の感染の要因の一つになるのです。
それで作られたのが、現在も使われている日本の下水道の中で最古の下水道、神田下水なのです。
実は、過日、夕食を摂りながら、8chの「マチャアキJAPAN」をみておりました。
衛生的な水を手に入れることができない、ということは怖いこと。
なんと、医療器具も煮沸消毒できず、塩素系漂白剤で消毒していたのです。
そこで、井戸掘りの職人さん(赤いつなぎの人)と左官職人さんが、技術講習を兼ねてお手伝いすることになるのですが・・・・・。
明治から大正期は社会事業(社会福祉)の芽が出始めた時期。篤志家や意欲のある人が設立した、現在にも残る社会福祉施設が各地に残っています。
そして国では、わずかではありますが、公衆衛生の増進が進められました。
元々、下水は、汚水や雨水を公共用水域に流すためのもの。
水を処理する、という考え方はありませんでした。
上水もそうです。自然のろ過方式である地層でろ過された井戸水を使用していたり、川の水を使用していたり。
こちらのほうは、緩速ろ過方式の浄水場の設置、水道水への次亜塩素酸の使用(いわゆる「カルキ」、消毒剤です)で衛生水準が向上します。
しかし、それもいわゆる「都市部」のこと。郊外都市や地方へは、戦後の急速ろ過方式の採用があるまで、まだまだ水に苦労することになります。
下水道の方は、さすがに人口集中で公共用水域の汚濁が問題になってきたこと、あるいはコレラなどの感染症予防のため浄水を求められたことから、大正11年に三河島処理場(東京都荒川区)を皮切りに各地に処理場が設置されていきました。
元々の水道は、数軒で一つの蛇口を使っていたとのこと。
各家に蛇口が付くようになるのは、池田内閣の「所得倍増論」の頃なのだそうです。
それなもので、
お役所の縦割りですが、
「上水道」…厚生労働省(旧厚生省)
「下水道」…国土交通省(旧建設省)、処理場の処理技術部門は厚生労働省
「工業用水道」…経済産業省(旧通商産業省)
に分かれているんですね。
テレビを見ていて感じたことは、「清潔な水を得られるかどうかは非常に大切なインフラである」ということ、そして「一番最初に行われる、行わなければならない事業は、清潔な水環境を整えること」なのだと思いました。
通常、猫という種族は柔軟性があるものですが、最近は身体が硬くなってきたようです。
よく、福祉の担い手は「Social Worker」と呼ばれます。
戦前の人は、これを「社会事業」と訳しました。
戦後、当時の厚生省の肝いりで作られた「日本社会事業大学」の語源もここから来ています。
実は、物質的に見ますと、長い日本の歴史の中では、私たちは「最も豊か」な時代を生きていると言えるでしょう。
あえて誤解のないよう伝えますが、実際は「隠れた貧困」がはびこっていることは事実です。
しかし、公衆衛生の向上などで、生命を脅かされる機会は歴史上極めて低い状況にあることは確かなように思えるのです。
しかし、ほんの100年前まで。
日本でも地域によっては「清潔な水をどう手に入れるか」という課題に直面していたのです。
「清潔な水を手に入れることができない」とどうなるか。
衛生環境が劇的に悪化します。
そしてその被害者は、乳幼児、児童、高齢者などの「弱者」に集中するのです。
実際に江戸幕府が崩壊し、明治新政府が京都から東京に入ってきた時。
彼らには、まだ「公衆衛生」という考えがありませんでした。
ですから、江戸の水道は荒れ放題。諸々の伝染病の感染の要因の一つになるのです。
それで作られたのが、現在も使われている日本の下水道の中で最古の下水道、神田下水なのです。
実は、過日、夕食を摂りながら、8chの「マチャアキJAPAN」をみておりました。
衛生的な水を手に入れることができない、ということは怖いこと。
なんと、医療器具も煮沸消毒できず、塩素系漂白剤で消毒していたのです。
そこで、井戸掘りの職人さん(赤いつなぎの人)と左官職人さんが、技術講習を兼ねてお手伝いすることになるのですが・・・・・。
明治から大正期は社会事業(社会福祉)の芽が出始めた時期。篤志家や意欲のある人が設立した、現在にも残る社会福祉施設が各地に残っています。
そして国では、わずかではありますが、公衆衛生の増進が進められました。
元々、下水は、汚水や雨水を公共用水域に流すためのもの。
水を処理する、という考え方はありませんでした。
上水もそうです。自然のろ過方式である地層でろ過された井戸水を使用していたり、川の水を使用していたり。
こちらのほうは、緩速ろ過方式の浄水場の設置、水道水への次亜塩素酸の使用(いわゆる「カルキ」、消毒剤です)で衛生水準が向上します。
しかし、それもいわゆる「都市部」のこと。郊外都市や地方へは、戦後の急速ろ過方式の採用があるまで、まだまだ水に苦労することになります。
下水道の方は、さすがに人口集中で公共用水域の汚濁が問題になってきたこと、あるいはコレラなどの感染症予防のため浄水を求められたことから、大正11年に三河島処理場(東京都荒川区)を皮切りに各地に処理場が設置されていきました。
元々の水道は、数軒で一つの蛇口を使っていたとのこと。
各家に蛇口が付くようになるのは、池田内閣の「所得倍増論」の頃なのだそうです。
それなもので、
お役所の縦割りですが、
「上水道」…厚生労働省(旧厚生省)
「下水道」…国土交通省(旧建設省)、処理場の処理技術部門は厚生労働省
「工業用水道」…経済産業省(旧通商産業省)
に分かれているんですね。
テレビを見ていて感じたことは、「清潔な水を得られるかどうかは非常に大切なインフラである」ということ、そして「一番最初に行われる、行わなければならない事業は、清潔な水環境を整えること」なのだと思いました。
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